坂東孝浩の「仕事もお金も手放しまくった人の話」が面白い  

 何度も紹介しているが、坂東孝浩のラジオ番組はとても良い。次世代型経営について考えてみたい人は必聴だと思う。下記サイトからアーカイブを視聴できる。

坂東孝浩のポイッと♪手放す経営ラボ ポッドキャスト

 この中から本稿では、「No.013【実況】仕事もお金も手放しまくった人の話」について感想を述べたい。というのも、これは現代的な若者のライフスタイルを示唆している重要な話だと思うからだ。

 坂東の会社に新卒で入社した社員が、3年ほどで退職した。仕事もしたくない、お金も要らないと言って、とりあえず雇用保険をもらいながら日々瞑想して過ごしているという。26歳にしてこの精神性である。気に懸けている坂東は退職後も会ったりしているが、彼は焦る様子もなく、むしろ活力が増進しているように見えたという。瞑想を通して、やりたいことがたくさん見えてきたという。きわめて前向きなのだ。
 このエピソードを紹介しながら坂東は、人生100年時代のライフスタイルについて考えを述べている。20代から30代半ばくらいまで、いろいろなことを経験して自己知を洗練させていく「エクスプローラー」の期間をもつようになるだろうという。

 この話は私自身の実体験に一致する。私もエクスプローラーの期間を長くとった。1年間バイトして、その貯金で次の1年間は仕事をしない、という生活をしていた時期もある。履歴書は汚れるが、そんなことより自分のために十分に時間を使いたかった。何をしていたかというと、本を読んだり日記を書いたり、たまに人に会ったりしていた。世間の流れに身を置いていては考えられない種類のものごとがある。だから切断する期間が必要だったのだ。もっとも、切断したままでは煮詰まってしまうので、潮時を見計らって社会に再接続することも大事なのだが。
 私が自分の社会生活について、「およそこの方向でいいだろう」という結論に至ったのも三十代半ばだった。いろいろな環境で自分を試してきた。そして自分の性格・価値観・能力をよく知ることができた。こういうことは、たぶん私でなくてもそれくらい時間がかかる作業なのではないだろうか。

 「三十代半ばまでエクスプローラー」という人生観に私は共感する。ただし、こういう生き方をするためには乗り越えなければならない難点がいくつかあると思う。さしあたって2点提示したい。

 ひとつめの難点は、「エクスプローラーは結婚できるのか」という問題だ。自分の人生について確信をもてないままでパートナーを決めることができるのか。私はできなかった。自分の人生の方向性が見えてきたときに、それがパートナーの期待に反するものになることを恐れた。そういう可能性がないとはいえなかった。結婚した後で上の青年のように会社を辞めて瞑想を始めるわけにもいくまい。
 三十代半ばでエクスプローラー期間に出口が見えたとしても、それから結婚するのもなかなか大変だ。「訳アリ」と思われたり、体力や容貌も衰えたりする。
 やはり性的なパートナーは若いころに見つけるに限る。それが自然だ。問題は、価値観や人生観の違いをどのように処理すればいいかだ。エクスプローラー期間にいる両者は価値観が変転する。それを前提にして、それでも良いという合意をすることだ。言い換えれば、相手の人格とその健全な成長を信じること。もちろん、自分自身の本性とその健全な成長を信じることも必要だ。

 ふたつめの難点は、エクスプローラー期間の若者を保護する制度がないということだ。経済的な不利益が非常に大きく、社会的信用の面でもほとんど差別的な扱いをされる。それでも冷静に落ち着いて、社会を憎んだりすることなく、自分の器を大きく育てることができるのかどうか。もっと社会として、エクスプローラーを容認する体制を作っていかなければならないと思う。
 エクスプローラーが社会から迫害されると、結婚もしづらくなる。そういう意味で、ひとつめの問題にもつながっている。
 
 三十代半ば頃を目安におおからに人間形成を進めていくのが合理的だという考えを広めたい。そのような科学的な研究があればいいのだが。若い人たちが精神エネルギーを存分に発揮し、さまざまな経験を積んでじゅうぶんな自己知を蓄えられるような社会にしたい。そして、まさにその過程にいる若者同士が屈託なく結婚できるような雰囲気づくりもしていきたいと思う。

カテゴリ: 会社について考える

tb: --   コメント: 0

コメント

コメントの投稿

ブログパーツ