武井浩三の「自然経営」について考える  

 武井浩三さんのインタビュー音声。1983年生まれだというので驚いた。すでにホラクラシー経営を10年i以上やっている人だが、私より年下だったとは。

 武井は地に足の着いた活動をしてきている。海外の経営者にも直接会って話を聞いたりもしているらしい。こんなに若いのに会社経営をしながら思想を深めたり人と会ったりしているのだから、まったくすごい人だ。以前の記事にも書いたが、武井は社員へのコーチングをやってみたこともあるが「人を変えるなんておこがましい」と気付いてさっさとやめている。こういうところに賢さを感じる。

 ホラクラシー経営はアメリカで生まれた。最大の特徴は社内憲法があることで、個々の社員のジョブディスクリプションが明確に定義されている。旧来組織よりも個人ベースで精密なジョブディスクリプションを構成していこうとするものだ。
 それに対して武井は、日本やヨーロッパは別のスタイルのほうが合うと考えている。これらの国はアメリカと比べてハイコンテキストな社会である。言わなくても意思疎通ができる部分が大きい。こういう国だからこそ可能な組織経営のスタイルがあるはずだと武井は考えており、それを「自然経営」(じねんけいえい)と名付けている。

 私は武井とおよそ同世代だ。高学歴だが収入にこだわりはない。それよりも質の高い仕事人生を生きたいと思っている。会社の看板を背負って心にもないことを人に話すのは耐えられない。自分の言葉には責任を持ちたい。それでフリーランスになった。私のような人間が働きたいと思える会社は現在日本にはほとんど存在していない。
 私にも反省はある。新卒の就職活動のときにダイヤモンド・メディア社はまだなかったにせよ、詳しく探せばヒエラルキー組織でない会社に就職できる可能性はあったと思う。それなのに私はぼんやりとリクルートのサイトなどを眺めていただけなので、会社というと典型的な大企業のイメージしか持てなかった。自分の愚かさを悔やむ。

 さて、会社を法治国家にしようとするホラクラシーと、以心伝心を信じる自然経営のどちらが良いのだろうか。たとえば多国籍のメンバーを集めるつもりがある会社ならホラクラシーのほうが合理的かもしれない。コンテキストを共有しないメンバーにそれを説明するのは大変なコストがかかるし、結局分かってもらえない可能性も高い。それなら始めから権力を明文化しておいたほうがスムーズにいくだろう。
 しかし、コンテキストを共有しているメンバー同士なら、法律はむしろ邪魔になる。いちいち書き換えるのも面倒になり、法律の更新は自然と疎かになっていくだろう。日本の会社の多くはそうなっていると思う。

 自然経営は、既存の日本的な経営と未来型と非ヒエラルキー組織のいいとこ取りをしようとしているように見える。アメリカ型のホラクラシー組織ほどには個人を強調しないが、上司の裁量に任せるわけでもないという案配だ。

 山口周は現代の会社はサイエンス、アート、クラフトのバランスが重要だと言うが、自然経営というコンセプトはアートであり、その実務はクラフトであろう。。ホラクラシー組織であればサイエンス的に実装することができそうだが、自然経営はクラフトによるところが大きいような気がする。

カテゴリ: 会社について考える

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コメント

武井浩三のブログ。
http://kozotakei.tumblr.com/

”Peer To Peerで全体として全体の信用を保つ仕組みがブロックチェーンです。そしてダイヤモンドメディアも組織全体として、それぞれのメンバーの信用が保たれています。良い悪いは無いのですが、信用関係を保てない場合には自然と自浄されます。(ダイヤモンドメディアでは辞めること自体を悪いこととして捉えていません。)

信用がある状態においては、信頼という概念自体が不必要になります。だからトラストレス。”


分かるような分からないような。

とまべっちー #  | URL
2019/01/06 22:10 | edit

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