佐藤青による東浩紀論が面白い  

 今最も分かりやすく面白い東浩紀論を書いている佐藤青の文章から、批評や東浩紀に関する部分を引用していく。まずは下記の記事より。

哄笑批評宣言 批評集団「大失敗」

 部外者から見ると批評家はどのように見えるかについて。

ところで、私たちにとっては、「批評家」たちのそうした悪戦苦闘はとても「面白い」ものだ(例えば柄谷行人の本は笑いなしには読めない)。彼らは幽霊を幻視する霊能者、あるいはオカルトマニアのようである。彼らは、一般にほとんど共有できないような問題意識を持って、「運動」であり「闘争」を続けている。
 それは「タコツボの中」においては悲劇的で英雄的だが、そこを少し離れて見たとき、おそらくはほとんど「喜劇」としてしか見えないはずである。この喜劇に、「批評」のひとつの類型を見ることさえできるかもしれない。



 そして「批評とは何か」について次のようにまとめる。

私たちの積極的なテーゼは、以下である。①批評とはオルタナティヴを目指すものであり、誤配を誘発するものであり、ひとつの「現実」に対する抵抗でなければならない。②しかしそのとき、同時にその「大失敗」が発覚しなければならない。
 こう言うこともできる。①批評は読者に何らかの、ある「運動」の夢を見させる。しかし同時に、②その「運動」の行き詰まりを見せ、絶望させ、憤激させ、不安を抱かせるものでもなければならない。そこで初めて批評はくだらない「自己啓発」であることをやめ、現実に対する異化効果を得る。



 批評は簡単に行動に結びつくようなものではないので、自己啓発として使えるわけでもないと言っている。佐藤は「失敗」とか「不可能性」に積極的な価値を見いだそうとしているようだが、私にはよく分からない。

 次の記事に行こう。こちらのほうが本格的な東浩紀論だ。

資本主義的、革命的(前編)—東浩紀の広告戦略について  批評集団「大失敗」

新しい情報の提供があるわけでもなく、新しい価値判断があるわけでもない、ましてや学問的研究の積み重ねがあるわけでもない、なにか特定の題材を設定しては、それについてただひたすらに思考を展開し、そしてこれいった結論もなく終わる、奇妙に思弁的な散文(『ゲンロン4』33頁)

 東浩紀によって、「批評」とはこのように要約され、定義されている。東によれば批評とは日本における特異な現象であり、批評それ自体が考えるに値する。東の思索は、その批評の内容や対象というよりは、その批評という営為が生まれてくる現象そのものに向いている。



 東は「批評とは何か」をよく語る人だ。しかしその定義は一般的な意味とは異なり、東によって恣意的に設定されているという。たしかに、「ゲンロン4」のときの上記の定義は、その後「活動家やジャーナリストも含む」というように拡張されている。私もかねてからその定義の不透明さには疑問を持っていた。佐藤に言わせればそれが東の「広告戦略」ということになるのだろう。
 「批評」という言葉自体は誰でも知っている一般的なものだ。しかしそこに独自の意味づけをして「批評」という概念を自分の土俵に引き寄せ、マーケティングを有利に運ぼうとする戦略なのである。(このことは外山恒一が明確に指摘している。)
 この戦略は自分の言説を世間に広めようとする人がしばしば採用するものだ。たとえば安冨歩は「ハラスメント」という概念を極めて広範に解釈し、すべての人がハラスメントの被害者なのだと叫ぶ。苫米地英人は「洗脳」という言葉の定義を歪曲し、被洗脳者の利益のために施すなら洗脳とは呼ばないという独自の定義づけをしている。落合陽一は「シンギュラリティ」という言葉を使って、本来の意味とはまったく異なる社会の変化を語り出す。このように、すでに一般の人々が知っている言葉の定義を意図的に書き換えることによってドライブ感のある言説を作り出すというテクニックがあるのだ。

彼の戦略は、「批評」であるとか「ポストモダン」であるとかいう、一般的に流布し、使われてきた語の定義を改造することによって、自らの思想を述べる点にある



 少なくとも「批評」に関わる東浩紀の文章は、ほぼ間違いなく①コンテクストを独自の仕方で圧縮し、その独特の状況認識/歴史認識を示すこと(批評に対する批評)、②それに対する応答を特異な場所に接続しながらキャッチーな言葉で示すこと(誤配)、という手順で書かれている。



 その通りだ。先行研究を乱暴なまでに要約して歴史を語るところが東の最大の魅力だと思うが、そういう手際に苛立つ専門家は多いのだろう。私の経験から言うと、東浩紀は思想や批評へのひとつの入り口としては面白くて良いと思う。しかし読者としてものを考える力が付いてきたら、いつまでも東にべったり依存しているわけにはいかない。東も他の論者と同じように小賢しいテクニックを駆使してキャッチーな、流通性の高い文章を生産する物書きである。佐藤の文章には東を相対的に見る視点があり、とても参考になる。

 そして次の箇所がズバリ東浩紀の本質を言い当てている。

 暴力的な要約能力。東浩紀の読者であればそれも皮膚感覚としては理解できるはずだ、東はこの戦略をひとつの文章のなかでも多用している。東が用いる「言い換えれば」や「すなわち」という接続語は、実は「言い換え」でもなんでもないものを接続している。この跳躍を自然なものに錯覚させ、読み手を「ドライヴさせ」るのが、彼の文章の特徴である。東浩紀の業績を一言でまとめれば、この文体を開発したことに尽きる。



東はあらゆる語を「広告」として、流通性のあるものとして扱っている。東のテキストは、広告的な断片の寄せ集めである。
 この広告によって、読者すなわち観客すなわち顧客は〈どうやら「批評」というものがあって、それをやっている東浩紀は「批評家」で、それを読むと違った世界を見られるらしい〉と思い込んだり、あるいは〈これだからポストモダンはダメだ。俺たちの本当のセカイ系はこんなものではない〉と憤慨させられたりする。



 まったくその通りだ。私もある時点までは東浩紀的なものを「批評」だと思い込んでいた。何かおかしいんじゃないかと思い始めたのは批評再生塾の内輪受けカルチャーに対する違和感からだった。これじゃダメだという危機感は東にもあり、「批評」の定義を徐々に変えて行ったように見える。しかしいずれにせよ、東の定義に付き合う必要はないのだ。

 その帰結が東の「一人勝ち」状態である。これは大企業による「独占」に似ている。東浩紀一人が本社の社長で、あとは「フリーター」、せいぜい「下請け業者」である。いくら下請け業者が五反田の社長に文句を言おうが、構図は変わらない。



 以上で、東浩紀が独占する「批評」業界の構造が説明できた。次に、東を相対化するために外山恒一を持って来る。私は正直、「えっ?あの外山恒一?」と思った。東京都知事選のパフォーマンスで脚光を浴びたあの人は、じつは相当な論客なのだと言う。

資本主義的、革命的(後編)—外山恒一の運動する運動  批評集団「大失敗」

実際のところ東の作り出す「批評」ないし「批評観」を批判できている思想家は、現在、外山恒一だけである。



 外山恒一が東に対する根本的な批判者たりえているという宣言だ。

〔外山〕佐々木敦も含めてこの座談会の参加者たちが共有しているらしい、浅田彰や東浩紀のようなタイプの〝批評〟がイコール〝思想〟であったかのような特殊な状況を、特殊だと感じることのできない〝思想〟観がそもそもおかしい。〔…〕だって〝浅田まで〟はそもそもそうではなかったはずじゃん。



外山 〔…〕しかし本当はそういう議論の前提となっている「批評=思想といった等式」というもの自体が疑われなきゃいけないはずで、東のような狭い意味での〝批評家〟だけでなく、〝活動家〟のような人たちの言説まで含めて〝思想〟シーンが成り立ってると考えるなら、〝批評〟の主流はそりゃ東しかいないんだから東だったでしょうけど(笑)、〝思想〟の主流はそうではなかった、という認識になりますよ。



外山恒一にとって、「ニッポンの思想」は批評家だけで構成されているわけではない。そこにはアクティヴィスト(活動家・運動家)も参入しなければならないのである。



 分かりやすい理路だ。東らは思想=批評という前提に立っているが、外山は思想という概念はもっと大きいと考えている。説得力があると思う。

東浩紀は一貫して、批評家は単にコンスタティヴなテクストを書く=「真面目に理論的な文章を書く」だけではなく、事後的にパフォーマティヴな実践をする=「その読まれる場所に対して自ら働きかける」ことが必要と考えている。言い換えれば、誤配がより生まれやすいように営業することが重要だと考えている。



 実際、東はあざといほどに営業する。これも好悪が分かれるところだろうが…。

 東にとって「アクティヴ」はあくまで「パフォーマティヴ」であり、「パフォーマティヴな批評活動」のひとつであり、それが有効かどうかよりも、「批評的かどうか」というある種の美的な価値判断によってのみ評価されるのだ。それは、「コンスタティヴな批評」とともに「批評」というひとつの営為を構成する一側面に過ぎない。すなわち、こう言っていいだろうが、東浩紀は「批評一元論」である。



 すべてを「批評」として解釈するから「批評一元論」というわけだ。この見立てはすごい。東は「運動」的なものはすべて批評の営業的な側面にすぎないとみなす。東は思想=批評という自分のフィールドにすべてを引き寄せてしまい、その外部がなくなってしまっているという。

 外山恒一の違和感は、アクティヴをパフォーマティヴと同一視し、言い換えることで「運動」を思想から消去し、「批評」と思想を同一視するこの東浩紀の手際に対するものである。



 面白くなってきた。佐藤が対照的に描くから面白く見えるだけかもしれないが、外山と東を対比して考えるのは成程筋が良さそうだ。

 こう言わねばならない。東浩紀(派)においては、事実上も権利上も、「批評」と「思想」は、非常に自明かつ「健康的に」、ねじれなく結び付いている。だから実際のところなんら批評をしていなくても「批評誌」やら「批評集団」やらを名乗ることができるし、なんら思想的なことに関わっていなかった批評家が、急に政治的/社会的な発言を要請されたりもするのである。
 しかしそれはもはや自明ではない。現代の批評になんらかの閉塞感があるとすれば、それは「批評」の外部を消去したことに由来するのではないだろうか。外山恒一は、そうした「批評」に対する異邦人であり、「パルマコン」(毒=薬)だ。



 ここに佐藤の疑問が集約して書かれているようなのだが、何を指して言っているのか、私には掴み切れない。「実際のところなんら批評をしていない」とは誰のことか。「なんら思想的なことに関わっていなかった批評家」とは誰のことか。ゲンロンの執筆陣に対する疑義なのか、それとも佐々木敦や宇野常寛まで含めた批評界を指しているのか。

 最後に結語を引用する。

多数派を冷やかしズラしてしまうこうしたパフォーマンスを、外山恒一はあの一九九九年の東とは正反対に、「アクティヴィズム」と、つまり「運動」と言い換えるだろう。こうした東浩紀と外山恒一の奇妙な関係こそ、批評と運動、文学と政治のねじれであり、思想の二極化であり、「棲み分ける思想」を表すのである。
 いまや、東の「批評史」に対して正直に批判を展開した外山恒一は、「批評」というタコツボをかき乱す存在になっている。思想の「棲み分け」を批判してきた東がこれに今のところまともに応答していないことについては、少し分が悪いのではないだろうか。


 ここまで読んで私は、外山恒一の議論をもう少しフォローしてみたいと思った。いまのところ「運動」に興味はないが、「批評」の外部を考えることには重要な意味があると思う。

 佐藤青の文章は東浩紀ばりのリーダビリティがあると思う。これはすごいことだが、逆にいえば、佐藤もまた東のような広告戦略を採用している可能性がある。キャッチーな文章を生産することは技術的に可能なのだ。しかし、繰り返すが、東を相対化して眺めてみたい人にとっては非常に良いテキストだと思う。一押しと言っていい。

カテゴリ: 東浩紀論

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コメント

佐藤青→左藤青でした。全然気づかなくてすみませんでした。

とまべっちー #  | URL
2019/03/01 11:48 | edit

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