管理教育からドロップアウトした生徒たちの家庭教師  

私は生徒に宿題を出すのが好きではない。宿題をやってこない生徒を怒るのはもっと苦手だ。

私は自分で考えて主体的に行動することに意味があると思う。強制されなければやらないとか、怒られなければサボるというような思考回路にはまったく共感できない。だから、宿題をやってこない生徒を厳しく叱るというような指導は徒労感が大きすぎて気持ちが萎えてしまう。怒られなければ出来ないような人間がいるからパワハラがなくならず、容認さえされてしまうのだ。怒らない先生を舐めることにより、自分を取り巻く環境をわざわざ悪化させてしまう幼稚な生徒たち。

大手の個別指導塾などは「宿題をしっかり出します!」「やってこなければきちんと指導します!」と謳っている。それが家庭に対する大きなサービスだと考えている。そして実際、家庭としてもそれを期待しているのだろう。保護者の代わりに塾が怖い管理者の役割を担いますよというわけだ。
個別塾の講師は大学生のアルバイトが多い。研修どおり、、マニュアル通りに真面目に宿題を出す。やってこなければ真面目に叱る。もちろんやってくれば褒める。それもマニュアルの通りだ。
それは塾や家庭教師に対して一般的に期待されている役割である。そういうものだと皆思っている。しかし私はそのような考え方に対して強い違和感を持っている。それは管理教育の思想であり、生徒の自主性や自由に工夫する能力を阻害してしまうと思う。そうすると、大人になっても指示待ち人間になってしまうのだと思う。お上の言うことに従順にしたがうような小市民になってしまうのだと思う。私は自分の責任において自由に生きられる人間を育てたい。レベルの低い管理教育ごときに加担したくない。

管理教育をアピールする塾と、管理教育に価値を感じる親。そこには何か不自然な欲望を感じてならない。権力を行使することにも、誰かに行使されることにも無頓着であり、子どもを無力な被支配者の地位に押し込め続けようとする意志を感じる。自主性を育てるのではなく、怒ってやらせる。それは教育というより脅迫だ。市民をつくるというより兵隊をつくろうとしている。

教育における子どもへの声かけにおいて、親も教育者も間違った発言をしているのではないか。たとえば「がんばらないと落ちるよ」という言い方も脅しに近い。「宿題やらないと怒られるよ」という声かけも同じだ。非常に程度が低いと思う。また、中学受験の洗脳的なコーチングにも弊害がある。燃え尽き症候群で中学3年間を棒に振る子はまったく珍しくない。まず親が焦らされ、親に子どもが焦らされ、必死に勉強して受験を終えたが、残ったのは虚しさだけ。その代わりに安心感や落ち着きを失い、心の隙間をゲームやケータイに支配されてしまう。中学受験塾は何も責任を取らない。

私が見ているのはそのような生徒たちだ。集団塾はもちろん、既存の個別指導塾からもドロップアウトしてしまうような子たちだ。きちんと宿題を出すような管理教育をまったく受け付けない体質になってしまった子たちである。
そういう紆余曲折の過程があり、いよいよ最後の手段として家庭教師を依頼してくる。それもプロの講師を指名してくる。私は他の講師よりも宿題が少ないし、やってこなくても怒らない。そうすると親はどうしても不安になる。もっと宿題を出してくれないかなどと言ってくる。管理教育の発想が抜けていないのだ。その失敗により生徒が今こんな状態になっているのだが、親としては家庭で「宿題やったのか」以外のコミュニケーションの取り方を知らないので、家で勉強をしない子どもにどう接していいか分からなくなってしまうらしい。

そういう生徒を抱える保護者に私が提案できることは、なるべく多く授業を組んだほうがいいということだ。宿題はどうせやらない。家庭学習はスッパリあきらめて、家庭教師なり個別指導塾の授業を組んでしまうのがいい。塾の場合はゆるい授業で構わないと伝えておいた方がいいかもしれない。あるいは、特定の講師が付かず、時間と場所だけ決まっている自習塾というのもある。計算練習や暗記などの作業をする場所としては使えると思う。
親世代から見ると、家庭学習の習慣をつけなければいけないという先入観がある。しかし現代っ子は、かなりの進学校でさえ、家庭学習をしない生徒たちがいる。勉強するときは塾の自習室か図書館に行く。高校生なら喫茶店やマクドナルドを使う子もいる。それを甘えだと言うなら、スタバで勉強したり仕事したりしている大人たちはどうなるのか。必ずしも、子どもが勉強机を使わないことを思い悩む必要はないと私は思う。

私は宿題をあまり出さないが、今何を勉強することが必要なのかという話は丁寧にする。こういう勉強をしておけばこの教科で何点くらい取れるという話をする。考える材料をじゅうぶんに提供することを心がけている。生徒がそれを理解すれば、あとは本人の意欲と能力次第だ。ペースが遅れていれば優先順位をつけかたを調整する。とにかく今すぐやらなければいけないことだけに集中してもらうこともある。

説得の効かない生徒もいる。ゲーム依存症であったり、親に洗脳されて無謀な受験をさせられている生徒などだ。後者の場合は親の言うことが絶対なので、自分の頭でものを考えることを放棄している。しかし体がついてこないので勉強が身に付いていない。子どもとしては親に見捨てられたくないので意志を殺し、ロボットのようになる。講師としては最も面倒くさい親だ。
ゲーム依存症の生徒にも話は通じない。自己欺瞞が強く、思考力も低下しているからだ。「勉強しても意味なんかない」などと言ってくるが、どんな答えをしても納得することはない。そういう質問には教師としてきちんと答えなければいけないのではないかと思っていた時期もあるが、どのみちゲーム脳に理解できるはずもないのだった。とにかく子どもは勉強をやりたくないから思いつきで屁理屈を言う。こちらが受け取るべきなのはその言葉ではなく、背後にある気持ちだ。そこに共感し、癒してあげることを考えるべきだ。

カテゴリ: 教育論

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