とまべっちーの保守化  

今年はよくブログを書いた。その成果は何だったか、総括してみる。

ひとつめは、自分の批評文が社会的に通用することが分かったということ。ネットで文章を書くのは10年以上続けているが、今年は圧倒的に多くの人に読んでもらえた。大きな自信になった。

ふたつめは、批評という仕事がどういうものかよく分かったということ。文筆業の中でもかなり面白い仕事だと思うが、かなり際どいところもあることが分かった。構図としては、素人が専門家を叩く、また部外者が当事者を叩くということになる。これが批評の常だ。反発も大きい。たいへん嫌われやすい仕事なので、いろいろと気を遣わなければならないこともある。次に何かを批評することがあったら、今回の経験を生かしたい。

みっつめは、私自身の思想がかなり保守化したということ。「社会を根本的に変革すべきだ!」というような威勢のいいことを言う人を信用しなくなった。とくに怒り混じりで聴衆を煽るような言い方をする人は相手にしなくなった。それはその人個人のルサンチマンにすぎない。私は長らく革新主義者だったが、革新を主張する人たちに病的な感じの人が多いので、徐々に距離を取るようになり、結果的に私のほうがだいぶ保守化した印象がある。保守思想とは、「人間はそう簡単には変われないし、そんなに無理して変わる必要もない」という考え方だ。自己啓発本を読んで一発逆転を狙うより、自分に合った生き方に落ち着くことのほうが大切だと思う。安心できる居場所を確保した上で、少しずつ自分の能力を押し広げていけばいい。

教育者としてもそういうスタイルに変わった。去年まではけっこうラディカルなこともやっていた。学習態度が改善されない生徒を見限ったり、ダメな親を厳しく批判したこともあった。それが自分なりのプロフェッショナリズムのつもりだった。しかし今年はそういうことを一切していない。生徒や親をびっくりさせるようなことはしない。子どもにとって一つ一つの人間関係はとても大きいものであり、それは塾講師や家庭教師であっても同じだ。だからテキトーな別れ方をしてはいけない。たかが成績が不振だというだけで教師のほうから付き合いを切るようなことがあってはならない。個人指導なのだから生徒のレベルに合わせた授業をやればいい。

私自身は社会に対する強烈な問題意識があり、そのために教育者に転身したのだが、その問題意識や未来社会の夢を生徒に語っても全然面白くなさそうだ。子どもたちはまだ社会を知らないので、問題意識も何もないのである。子どもたちの目に留まる社会問題というと、戦争や環境問題や貧困といった「大きな」問題になりがちだ。社会に出てみて初めて、搾取やハラスメントの実態を目の当たりにする。大きな社会問題よりもまずこっちを何とかしなければと思うようになる。子どもにそれを伝えるのは難しい。

革新主義者は心理的に不健康な人が多いのが問題だ。既存の社会の中でそれなりに満足できるライフスタイルを見つけた人は保守化する。仕事に満足していたり、家庭を持ったりすると保守化する。保守派は幸せな人たちなのだ。

私も保守化するにあたり、これまでの考え方をいろいろと変えていかなければならないと思う。たとえばティール組織に夢を見るのも保守派らしくない。

今後はブログの方向性も変わっていくだろう。更新頻度もぐっと少なくなるかもしれない。保守派とは口数の少ない人のことかもしれない。来年はネットより教科書や問題集と向き合う時間を増やしたい。

カテゴリ: 思想

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コメント

無題。

社会が変化して、急速な変革が必要な時に「変革するのはいけない」と保守していると、社会や人の生活を保守できない。
それは「保守」ではない。

社会を安定させないといけないのに、「変化」ばかりさせて、人々の命や生活を守れないのは、人道的でも理性的でもない。
それは「革新」ではない。

保守でも革新でもなく
「今、この社会に必要事は何か。人々が長期的に安定して安らかな生活をしていくのに何が必要か」

だけと思ってます。

保守も革新も、そう意味では近現代の政治思想は、嘘で詐欺です。


保守や革新って言い決めつけることは欺瞞です。そんなものでは人の命も守れず生活を豊かにできない。


思想のために政治があるのでなく、人々の生活と命のために政治がある。
王政も・民主制も・社会主義も、下手すらファシズムですら、その方便だったのだろうから。



まあ、孫子の兵法的な考え方ですかな私は・・。戯言でした。。。


駄文を書いて失礼いたしました。

遍照飛龍 #  | URL
2018/11/30 18:48 | edit

たしかに保守や革新というのは相対的な概念であり、あまり意味はないのかもしれません。まあ気持ちの問題というか、基本的なスタンスを表す言葉にすぎないような気もします。だから誰でも保守を名乗ったり革新を名乗ったりすることが出来てしまいますし、都合のいいマジックワードとして使われている面もあるでしょう。

私は個人的には、自分に言い聞かせる意味で、これからは以前よりも保守派の意識をもっていきたいと思い、こういう言葉遣いを何回か続けてきましたが、ふわっとした概念は使いにくいので、べつの概念(ナショナリズムとかリベラリズムとか)を使っていこうかなと思います。

それにしても古典から得られる知恵はすごいですね。いつも示唆をいただきありがとうございます。

tomabetchy #  | URL
2018/12/01 12:42 | edit

陽儒陰法

ありがとうございます。

なんとなくですが

漢の宣帝が
https://ja.wikipedia.org/wiki/宣帝_(漢)
>漢王朝では昔から覇道[法家]・王道[儒家]の良いところを取っているのだ。
>なぜお前は儒教だけが素晴らしいなどと言い、儒教が理想とする周の政治に戻しましょうなどと世迷い事を言うのか。
>そのうえ、俗な儒者どもは時局に合わせてものを考えず、常に「昔はよかった、今は良くない」などと言い出し、現実を見ようとせず、政治が出来ない。
>そんな連中を登用せよとは何事か。お前のような奴が漢王朝をおかしくするのだ。

略して「陽儒陰法」とかいうようです。






お返事ありがとうございました、

遍照飛龍 #  | URL
2018/12/02 20:08 | edit

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