アンチ○○という脆弱な連帯について  

「アンチ○○」という共通点だけで連帯する運動体は脆い。一皮むけば思想や価値観の違いが露呈し、味方だと思っていた人から背中をグサリと刺されたりする。

反原発の国会前デモがそうだった。共産党系の活動家からベビーカーを引いた主婦までが参加した。知識人たちも思想の違いを超えて大同団結したかに見えた。このような運動体は「マルチチュード」と呼ばれるもので、哲学者のネグリ・ハートが提唱しているものだ。中心となるリーダーもおらず、さまざまな価値観の人たちが自然発生的に集合して運動するというビジョンだった。しかし、一時のお祭り騒ぎにしかならなかった。

大澤真幸や東浩紀はマルチチュードを批判している。中心となる価値観が存在しない運動体は持続性がない。あっという間に解散してしまう。大澤らはマルチチュードの論法に対し、アクロバティックな神の存在証明法である「否定神学」のようだと批判している。要するにマルチチュードとは宗教のようなものだというのだ。

IT起業家の家入一真は仲間たちに向かってこう言っている。


戦う敵を見誤らないためには、大事な思想や哲学が何なのかをしっかり持っておかなければならない。チームで動くならそこまで共有しておくのが望ましい。漠然と「アンチ○○」で集まっているだけではその水準には達しない。

似たような問題意識が見られるツイートをもうひとつ。


ある集団の中にも価値観がバラバラの人たちが増えているという。ただのアンチ感情だけで集まってくる人たちにより、かえって中心となる価値観がぼやけてしまい、思想的には劣化してしまう現象がある。烏合の衆による数の力を得る代わりに長期的な思想の力を失う。こういうことは非常に頻繁に見られるので、このような力学に絡めとられないようにしたいものだ。

カテゴリ: 社会

tb: --   コメント: 3

コメント

ヨーロッパの高等教育においては哲学史が必修の教養科目になっているが、日本も見習うべきだと思う。とくに政治哲学の概念は現代の社会を考察するときに使えるので、ここから入るのがいいだろう。これからの社会をつくっていく人たちは政治思想史を一通り把握しておいてもらいたいものだ。

tomabetchy #  | URL
2018/11/21 07:17 | edit

民主党も弱体化した上にバラバラになり(立憲民主?国民民主?ようわからん)、
その他野党がアンチ自民で合体しても何の魅力もないし、
共産党は歴史はあるけど一定数以上伸びる気配もないし、
自民党に対抗する政党がまるでない。
アンチ自民アンチ安倍だけじゃ全然物足らない。

85 #  | URL
2018/11/21 12:18 | edit

まさにおっしゃる通りです。野党でアイデンティティがしっかりしているのが共産党しかないというのは非常にまずい状況ですよね。現実的な中道左派の政治思想をまとめ上げていく必要があるはずです。

tomabetchy #  | URL
2018/11/21 13:36 | edit

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