山脇直司『公共哲学とは何か』  

本書から政治哲学の基礎知識を抜粋しておく。今後の議論の助けになるだろう。

ソフィストとは、事柄の良し悪しを各自の主観的判断に委ね、それをいかにうまく伝えるかにだけ関心を寄せる。それをプラトンは「レトリック主義」として批判した。
現在でもソフィストのような価値観で動いている人々がいる。人間の価値観はすべて主観であり、しょせん自己満足にすぎないのだから、自分の自己満足を満たすために相手を操作・扇動して何が悪いと開き直る人たち。こういう人間が古代ギリシャにもいて、現代にも大量に存在するということは、「公共」という観念がまったく理解できない人間がいつの時代にも一定数いることを示していると思う。

アリストテレスの政治体制論は有名だ。良い政治体制として3つ、悪い政治体制として3つ挙げている。

【良い政治体制】
「王政」・・・一人の王が法にしたがって市民全体の利益を追求する
「優秀者支配」・・・少数のエリートが市民全体の利益を追求する
「国政」・・・民主政治がすくれた指導者のもとでうまく機能して市民全体の利益が追求される

【悪い政治体制】
「僭主独裁制」・・・一人の支配者が私利私欲を追求する
「寡頭制」・・・少数の富裕者たちが私利私欲を追求する
「衆愚民主制」・・・貧者の利益ばかりが追求される

このように6つの政体に分類したアリストテレスは、最善の政治体制は富裕者と極貧層の間の「中間層」が支配する体制だと述べている。現代の先進各国の政治的行き詰り状況も、中間層の崩壊が引き金になっているといっていいだろう。

カントは世界市民(コスモポリタン)の夢を語ったが、ナポレオンの帝国主義的侵略によって急速に色あせ、むしろそれに抵抗するための思想が求められた。その代表がフィヒテのナショナリズムだった。今でも「グローバル化に抵抗するためのナショナリズム」という図式は用いられる。

山脇はマルクス主義の歴史観を厳しく批判している。マルクス主義は「歴史の必然的発展法則」というイデオロギーをもっていた。封建制から絶対王朝時代を経て資本主義(ブルジョア)革命へ、そしてそれが崩壊して社会主義・共産主義にいたるという考え方だ。しかもそれが「科学」であると自称していた。そのイデオロギーのため、ソ連の抑圧的な政治体制への批判の目も曇っていた。

フレデリック・ラルーの「ティール組織」のビジョンにも歴史の発展法則が登場する。その元ネタはケン・ウィルバーの人間の発達段階理論だが、これは眉唾ものだ。かなりスピリチュアルの色彩が強い。マルクス主義の反省を活かすなら、このような段階的発達理論とは距離を置くのが賢明だろう。

山脇は80年代に日本の思想はすっかり遅れてしまったと言う。その要因は主に3つある。ひとつめはエズラ・ヴォーゲルの「ジャパン・アズ・ナンバーワン」に便乗した「日本すごい論」の流行。こういうのをエスノセントリズム(自文化中心主義)と言う。言うまでもなく「日本すごい論」は今も大流行している。
話が逸れるが、日本美術の業界にもエスノセントリズムがある。「この特殊な日本のすばらしさ」を自画自賛するような展覧会も多い。そんな美術界を批判しているのが黒瀬洋平だ。


80年代に思想がダメになった2つめの要因はニュー・アカだった。引用しよう。

そしてこの時期に、既存の学界の業界化が進行するなかで、思想雑誌も思想を「ファッション」として売りに出すようなかたちに変貌していったように思えます。とくに、フランスの一部でしか流行っていない思想を、あたかもドイツを含めたヨーロッパのメジャー思想と喧伝したり、単なる連想ゲームのような軽妙な思いつきの類をニュー・アカと称して売り出したりするような軽薄な傾向が顕著になりました。その結果、「思想のオタク化」が起こったのです。それに便乗して営利をむさぼった夜郎自大的な思想業界や思想評論家たちの無責任さは、日本の若者にゆがんだ知識を煽ったという点で、今日あらためて糾弾されてしかるべきでしょう。

ここまでバッサリと批判するのかと私は驚いた。山脇は東大教授だが、アカデミズムの立場から見るとポストモダンの思想評論家たちはこれほど劣悪で有害な存在に見えていたのか。この文章は私がカルトを批判するトーンとまったく変わらない。山脇先生、怒ってます。

3つめの要因は時代錯誤的な管理型学校教育だという。これにより日本では人権や公共の感性が育たなかった。

次にハーバーマスのコミュニケーション論を整理する。現代の市民は肥大化した行政や市場によって家畜化されており、それに対抗するためには市民同士の討議が必要だという。コミュニケーションしあう人々の言明は次の3つを満たす必要がある。「客観的真理」「規範的正しさ」「主観的誠実さ」の3つである。
この3要件はしばしば引用される。SNSでの発言が信用される条件としても、「事実性があること」「倫理的であること」「誠実であること」として定式化することができる。この条件を満たす発言者をSNSで見つけるのはなかなか難しい。

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