ブランク・スレート 心は「空白の石板」か  

スティーブン・ピンカー『人間の本性を考える』を読みはじめたところだ。本書のキーワードは「ブランク・スレート」(空白の石版)。人間の心は生まれたときはブランク・スレートであって、すべては環境が決定するという仮説。西洋近代の学問にはこの考え方が根深く浸透しているという。しかし近年の科学的研究の結果、人間にはもっと生得的な部分が大きいことが分かってきている。脳の構造も、性格さえも、遺伝的に強く方向づけられている。そのことを認めたうえで学問を再構築するべきだとピンカーは主張する。

ブランク・スレートは学問だけでなく政治的信条としても流通している。人種や性別によらない平等の理念とも強く結びついている。リベラル知識人は多少不自然でもブランク・スレートを信仰することによって人類社会の進歩を目指してきたといえる。しかし、それはもう厳しくなってきた。

子どもは真っ白なノートのような存在であり、大人が好きなものをインストールすることができるという考えが1960年代に流行った。それは今も完全になくなったわけではない。「どんな子にも能力の差はない」という塾講師は今も多い。そして、「私に任せてもらえればどんな子でも成績を上げてみせます」と言う。そう言う人はブランク・スレートの信者だ。そして、そういう言説に晒される母親たちにはプレッシャーがかかる。子どものトラブルは全部自分のせいだと思ってしまうからだ。そのためにいっそう過度な干渉をして事態を悪化させてしまう。問題の根本にあるのは、ブランク・スレートという不自然な信仰である。

本書は2004年出版だが、その後社会は変わった。2010年ごろから「発達障害ブーム」が起こる。自分の生きづらさは環境のせいでもなく自己責任でもなく生得的なものだと知ることで楽になりたがる人が続出する。ちょっと変わったところのある子にいきなり投薬をするなどの問題も出てきた。政治的にもリベラルは退潮し差別的発言を公共の場で堂々と言うようになった。

リベラルの言説がどうしてこんなにも弱体化してしまったのか。それはブランク・スレートという脆弱な基礎の上に組み立てた論理だからではないのか。上・中・下巻とあり先は長いが、翻訳にしては読みやすいのでじっくり読みたい。

カテゴリ: 思想

tb: --   コメント: 3

コメント

参考に

>子どもの家庭背景による学力格差は根深い――学力の追跡的調査の結果から考える
中西啓喜 / 教育社会学
https://synodos.jp/education/22176


て結構参考になるかも。


経済格差で、家庭環境が整わず、さらに生来の気質・可能性を越えた差が開く・・・


ではまた。

遍照飛龍 #  | URL
2018/11/07 19:02 | edit

追記

「どんな子にも能力の差はない」「「ブランク・スレート」(空白の石版)

てのは、日本の画一的教育の、根拠の一つとなっていたように思えます。




ではまた。

遍照飛龍 #  | URL
2018/11/08 20:04 | edit

おっしゃる通り、ブランク・スレート信仰が近代教育学に与えた影響は甚大だったと思いますね。しかし近年の塾業界では集団一斉授業よりも個別指導のほうが人気です。ブランク・スレート信仰が市民レベルですでに解体されていることを示す証拠の一つだと思います。

たとえば近年噴出しているさまざまな差別発言も、ブランク・スレート信仰に対する反動と解釈することもできるでしょう。私たちに必要なのは、ブランク・スレート信仰に頼らなくてもきちんと差別に対抗する言葉を用意することだと思います。

tomabetchy #  | URL
2018/11/08 21:52 | edit

コメントの投稿

ブログパーツ